腕の見せ所
ぱんっと勢いよく鳴らされた手。
その主は人懐こいようでいて油断のならない笑みを浮かべる。
「てなわけで、今回は護衛をしてもらうことになるんだけど」
「護衛……ですか?」
不安そうに呟いて、シオンは私たちのほうを見る。
そんなに信用ないのかしらね。すくなくとも、私は何もしないのに。
「私たちで大丈夫なんでしょうか?」
ものすっごく嫌そうな顔するシオンに槐さんは手を振る。
「いやいや、アルブムご指名だから」
「は?」
「あのー、捜査員って指名される事もあるんですか?」
「普通はないよ。
それに護衛っていうのはPAからしてみれば、おまけの仕事だし」
おそるおそるながらも正しいカクタスの問いに、槐さんは肩をすくめるオーバーアクションを返す。
「でもこればっかりは断りきれなくってねー」
乾いた笑いがなんだか痛々しいけど……護衛っていうのは面倒よね。
私と同じ事を思ったんだろうか、楸が小首を傾げて可愛らしく言う。
「あたし、しーちゃんしか守らないよ~?」
「仕事しろよお前は」
「だってあたしの一番の仕事がしーちゃん守ることだもーん♪」
カクタスの呆れ声も楸には届かない。
暖簾に腕押し、馬の耳に念仏。そんな表現がぴったり来る。
「ま、ほんとのところ言えば護衛じゃなくてお世話して欲しいんだけどね」
「お世話?」
「ご年配の方々の慰安旅行にお世話係でついていって欲しいんだよ」
「あ、オレそういうの得意です。おじいさんおばあさんの相手するの」
「おっ 珍しくカクタス強気だね」
はいはいと挙手アピールするカクタスに槐さんも悪ノリしてる。
でも……PAに護衛を依頼できて、しかもメンバーを選べる立場にいる人って。
「それで、その護衛対象とは?」
同じ不安を感じたのか、アポロニウスが問い掛けた。
槐さんはにっこりと笑って……
数日後、私たちはディエスリベルからはるかに北のほうにいた。
湿った空気の中、カクタスの絶叫が響く。
「もう帰りましょーよーッ」
確かに気持ちは分かる。
慰安旅行と聞いていたのに、なんでいきなり洞窟なんかに潜らされてるのかしら。
明かりは魔法で生み出したものだけで、どうみたって観光用の洞窟じゃないし。
でも護衛対象その一は半泣きのカクタスを豪快に笑い飛ばす。
「なぁに言ってんだ。まだまだ序の口じゃねーか、一番は俺がもらったーッ」
「あああああっ お足元お気をつけ下さいいいいいッ」
地面はしっとり濡れているから、確かにカクタスや瑠璃君が言うように気をつけなきゃいけないんだけど、護衛対象さん達の足取りは軽い。そりゃもう軽い。
「はしゃいでるねぇエドは。平気そうならちょっと急いでみようか?」
「おお、競争かいエディ? なら負けるわけにはいかないな」
「今から急いでいると後が大変ですよ」
「そーだよおじさん。観光なんだからゆっくり見なきゃ損だよ」
珍しく楸が慌てふためきつつも宥めてる。
とはいえご老人方は遊ぶ気満々。
この辺りでシオンに任せたほうがいいかしら?
だけど振り返った私の目に入ってきたのは。
「うわあああんアポロニウス君!
シオンくんが『賢者様』なんて他人行儀な呼び方するのーッ」
「ごめんなさい俺が悪かったですから大人しくしててください、ひいばあさまッ」
護衛対象その四に泣き脅されているシオンに、これ以上厄介事を背負わせたら暴れ出す。
「何でこんなメンバーで旅行する事になったんですか?」
「発端は忘れましたけど、べつに変なメンバーじゃあないでしょう?」
アポロニウスの切実な言葉に返るのは柔らかでいてたちの悪いもの。
この人たちは、私たちを護衛として指名してきたらしいけど……
『光の謳い手』に『火の支配者』と『風の御使い』。
おまけに賢者様達までそろってて、一体何相手から守れって言うの?
ため息ついた私に笑いかけるように、青いほうの賢者さまが言った。
「だいじょーぶ。そろそろだから」
「そろそろって……何があるんですか、ひいばーさまッ?!」
「それは見てのお楽しみよ♪ ねー」
「「ねー」」
おじーさんたちがそろって「ねー」って言うのは……
固まったあたしたちの耳に、それが聞こえてきたのは丁度そのとき。
水溜りを歩くような、そんな音が近づいてくる。
「な……何?」
「ここはな、昔、性質の悪い凶悪犯が捕まったとこだ」
胸をはって答える護衛その一こと、エドモンド魔法協会副会長。
「その凶悪犯はキメラなんかを専門にしててね。苦労したんだよ」
しみじみと教えてくれる、スノーベル公爵。
「凶悪犯は逮捕したんだが奴の作ったキメラの数が半端じゃなくてな。
こうやってたまに掃除しに来るんだ」
種明かしとばかりに笑う、ジニア校長。
「えーと、つまり」
顔を引きつらせるカクタスに、満面の笑みでお答えになる青の賢者。
「さすがに皆年取って大変になってきたからぁ。
そろそろ若い子に頑張ってもらおーってことになったの♪」
いまやだんだんとその姿を明らかにしていくキメラ達。
前の依頼で見つけたかわいらしいものと違い、見るからに凶悪なその容貌。
「シオンくんがんばれー!」
「おぢさん応援してるよん」
「無茶しないで下さいねー」
後ろで和やかに声援を送ってくれるご老人達。
本当に見物する気満々ね。
「どーするしーちゃん?
頑張らないと、後で何言われるか分からないよ?」
「そーだなー。最悪修行のやり直しって言われそうだぞアポロニウス?」
「修行の成果を見せればいいだけだろう。特にカクタス」
「オレにふらないでッ 山吹どーするよ?」
「やるしかないでしょ?」
だって後ろの人たちは手助けする気なさそうだし。
とはいえ、見殺しにされる事もないでしょうけど。
今の実力を見てもらうしかないってこと。
結局相談してる間に攻め込まれて、私達は何とか撃退するのに精一杯だった。
数時間延々と魔法を使いまくった挙句――私は途中で退却したけど――シオンたちは魔力が尽きてしまって次の日丸一日寝込む事になった。
けど、この仕事の後から回ってくる仕事がハードなものに変わったのは、実力を評価してもらえた証なのかしら?
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彼らが本当に活躍できるかどうかはさておいて。
慰安旅行の護衛の名を借りた、抜き打ち実力テスト。
判定員はよく知っている凄い人たち。この世界のシニアは元気です。