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ソラの在り処-蒼天-

光射す庭

 義兄がいなくなった。そして、兄が怪我をした。
 理由は分からないけれど、もう帰ってこないと思った。

 はらはらと、かすかな音を残して葉が落ちる。
 赤く黄色くあるいは茶に、大地を飾る無数の落ち葉。
 葉の衣を脱いだ木は、とても寒く年老いて見えた。
 咳払いの音にはっとする。
 なんでもない風を装って筆を動かす。
 座学は苦手。歌を詠むなどもってのほか。
 とはいえ、苦手だからやらなくてもいい立場にはいない。
 書き取りを済ませて師匠に見せると相変わらずの辛口採点。
 説教を聞き流すのもずいぶん慣れた。
 義兄は座学が苦手ではなかった。
 兄と共に庭で武芸に励んでいると、室内にいる義兄の姿が見えたものだ。
 諦めたのか、部屋を出て行った師を見送って、障子を開ける。
 すべて開け広げたものだから、風が思うより入ってきて肌寒い。
 だが見事な秋晴れの空には代えがたい。
 ふとおもった。
 義兄は――

 ふとしたことから、義兄に再会した。
 あれからずいぶん時は流れていたというのに、それでも義兄は後ろめたそうだった。
 無論、こちらとて恨みがないとは言えないけれど。
「貴方は愚かです。馬鹿者です」
 元気だったかと問う義兄をばっさりと切る。
 言葉は鋭く心をえぐるように、されど刀は肌を傷つけぬように。
 慎重に間合いを取って攻め続ける。
「母は心労から床に伏せました。兄は大怪我で帰ってきました。
 ……父は、時折心で泣いております」
 義兄の背に隠れるように、小さな男の子がみえる。
 そして赤子を抱いた女性も。
「国のためにと教えを受けたにも拘らず、己がためにそのすべてを使う。
 そのような有様で武家を名乗るなど持っての他」
 苦痛か後悔か、義兄の顔がゆがむ。
「ですが、少々見直しました」
 ふと漏れる。嬉しくて仕方がなくて、こらえ切れなかった笑みが。
妻子(かぞく)のために刀を取る。
 それすらできない臆病者だと思っておりました」
 私の言葉に義兄は複雑そうな顔をする。
親兄妹(かぞく)を棄てた者が何を、と思いもしますが」
 とどめのようにいえば、反論したくても出来ないと表情が物語る。
 見つけたら、連れ戻すようにといわれていた。
 だけど。
 大きく間合いを取って刀を収める。
 必要なものはもう手に入る。先ほどの斬りあいで奪った一房の髪。
 それを懐紙に包んで、義兄に背を向ける。
 繋ぎ止めるように呼ばれる私の名。
「義兄は死にました」
 応えることなく、それに答える。
「良く似た他人がどう生きようと関係ありません」
 なにより、ようやく望んだ場所に立ったものを引きずり落とすのも忍びない。

 あの秋の日に、気づいてしまったから。
 欲しかったのだろう。恋しかったのだろう。行きたかったのだろう。
 やわらかく優しい薄闇から、眩しく輝く光の下へ。

良将さんと潔姫ちゃん。一応舞台は蒼天からは十数年前。
お兄ちゃん大好きな子を書くことが多かったんで、 潔姫は厳しい感じで。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/