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もの書きさんに80フレーズ

魔法の呪文

「痛いの痛いの飛んでいけーっ」
 唐突に聞こえてきた言葉に、先を行く師匠が立ち止まった。
 視線の先にはまだ小さな子ども達。
 こけてすりむいたんだろうか。赤く血のにじんだ膝を、涙目で見つめている男の子。
 その子より二つか三つ上くらいの男の子が、もう一度口を開く。
「痛いの痛いの、遠くのお空に飛んでいけー」
 すりむけた膝にかざした手を、勢いよく空に振り上げている。
 面立ちもよく似てるし、兄弟かな。
「ほら。もう痛くないだろ?」
 兄に問い掛けられ、弟は涙をぬぐって立ち上がる。
「ん」
「ほら、いくぞっ」
 泣き止んだ弟の頭を軽く撫でて、兄はしっかりと手をひいて歩いていった。
「懐かしいな」
 思わず出た言葉。
 師匠に預けられる前には、ああやって弟と遊んでいた。
「師匠もあんな風におまじないかけてもらったことあります?」
「ありますよ。小さいころですけど」
 視線は小さな兄弟の走っていったほうを見たまま、感慨深そうに師匠は応えてくれる。
 師匠の小さなころっていったら……本当にどれだけ昔なんだろう?
 ちょっと聞くことが怖くなって、あいまいに頷く。
 それでも、師匠の昔の事が聞けるのは少し嬉しくて、ついつい言葉を重ねてしまう。
「師匠は結構ケガしてたんじゃないんですか?
 おてんばそうですし」
「まあ……確かにおてんばでしたね」
 ようやっと視線を僕に向けて、苦笑する。
 森の緑と空の青。
 不思議な、でも綺麗なその瞳の色。
「一時期は外はもちろん、部屋の中から出してもらえない事もあったんですよ」
「どんなイタズラされたんですか」
 困ったように笑う師匠に、ついうっかり聞いてしまう。
 部屋から一歩も出してもらえないなんて、ひどいイタズラの罰くらいしか思いつかない。
 素直にそういったら、師匠はますます困った顔で笑った。
「痛いの痛いの飛んでいけ。
 本当に怪我が治る訳じゃあありませんけど、痛みは和らぐ気がするんですよね」
 しみじみと不思議そうな師匠の姿ってのはかなり珍しい。
「それは当然ですよ」
 だから、とっておきの秘密を話すように僕は言う。
「だって『魔法の呪文』なんですから」
 その言葉に師匠は大きく目を開いて、それから笑い出した。
「そうですね。『魔法の呪文』なら効きますね」
「でしょう?」
 まだ笑いの余韻を残しながら師匠が歩き出す。
 いつかその背に追いつくために、僕も歩く。

誰かさんとその弟子の旅の一コマ。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/