手に負えない
「はー」
ため息一つ。
「はー」
さらに深く。
「はー」
「うるさいしつこいっ」
三回目のため息とともに、きついチョップを後ろから食らった。
「痛いなぁ、もう。何するんですか環さん」
「そっちこそ何してるのよ清くん」
痛いのはこっちなのに、何故か痛そうな顔をして環さんは僕の後ろに仁王立ち。
「さぼらないでよね」
「さぼってないですよー。ほら、ちゃんと作ってますよ」
手の中にある作りかけの竿を見せるけど、環さんの怒りは止まらなかった。
「釣竿作ってどうするのよッ」
「やだなぁ。釣竿は魚をとるためにあるんですよ?」
本当に運良く、適度にしなる枝が落ちていて良かった。
いい加減そろそろ何か食べておきたかったし、これでも釣りの腕はそこそこだし。
「あのね? 清くん?」
「なんですか環さん」
「百歩譲って、ハンカチ一枚ダメにして釣り糸を作ったのはいいにしても。
釣り針はどうするつもり?」
「あ」
遅いとは思ったけれど、もれてしまったものは仕方ない。
「どーしましょーか」
「自分で考えなさいッ」
乾いた笑いと一緒に出した言葉は簡単に一蹴されちゃった。
あーあ。怒らせたいわけじゃないんだけど。
「落ち着きましょうよ環さん。慌てたって何も良い事ないですよ~?」
「……分かってるわよ落ち着いてるわよ。
この時期にこんな事になったんだから清くんが浪人決定って事くらい」
「うわひどーい。気にしないようにしてたのにー」
からから笑いつつ、枝の先をカッターで鋭く削っていく。
こうなったらこれで魚でも獲らないと、名誉挽回といかない。
「そーゆー環さんこそ、何か食べられるもの見つけたんですかー?」
「時期が時期だから、きのことか木の実とかあったけど。
……見たこともないモノ食べる勇気ある?」
「嫌なロシアンルーレットですねー」
特にキノコなんか毒のあるのにあたったら大変だ。
テレビでなんていってたっけ?
そうそうキノコ狩りにはキノコに詳しい専門家と一緒に……
「そんな詳しい人、いないのに」
小さな呟きは風に溶ける。運良く環さんには聞かれずに済んだみたいだ。
「何かあったか?」
「氷火理さん!」
「お帰りなさいって……なんですかそれ?」
「見て分からないか? 鳥だ」
そう言って氷火理さんは足をゴムでくくった鳥をかかげてみせる。
あー。どうして髪を下ろしてるんだろうって思ったけど、鳥を縛るのに使ってたのか……って考えるのはそうじゃなくって!
「どうやって獲ったんですか?」
「運良く石があたったんだ」
言ってにっこり笑う氷火理さん。
確かに僕も育ち盛りだし、お肉は嬉しいんですけど……
どうやってさばくんですかそれ。っていうか本当に死んでるんですか?!
ため息ついて空を見上げると――見慣れた、でも都会では絶対に見れない綺麗な青い空。
四角く切り取られる事なくどこまでも続くそれ。
地面だって土だし草だらけだし、都会育ちの僕には珍しいところ。
「あーもう。本当に何でこんな事になったんでしょー」
「考えても分からない事は考えない方がいいわよ。
頭使うとお腹すくのよ?」
暗くならないように気をつけてぼやいた愚痴は、同じく空元気な声で返される。
「そうだな。まずはとにかく何か食べよう。
そうすればいいアイデアが浮かぶかもしれないしな」
やさしい氷火理さんの声。
大人の人が一緒でよかったなーって心底思う。
ここはどこだか分からないし、どうやって来たのかも、帰れるかも分からない。
でも今は、とにかくお腹すいてるし、何も食べずに生きてくことは出来ないから。
帰れるかなんてことはさておいて、ご飯の事だけに集中しよう。
お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/
人間、食べなきゃお腹はすくんです。
そしてお腹がすいたなって思える限りは落ち着いてるんです。