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ナビガトリア

一つ、賭けをしようか

 まさか自分にこんな日が来るだなんて思ってもみなかった。

 たまの休みに地理を覚えるためとかこの時代に適応するためとか、そういった理由をつけて散歩をし始めてしばし。
 一人で歩く。
 そんな普通の事がいつの間にか普通じゃなくなっていたことに気づいた。
 ずっと……ずっと昔は一人で歩くのなんて普通で、一人旅をしていたのに。
 そりゃあたまにはどこかのパーティに混ざってみたりとかはしたけれど、それでも一人は普通だった。その前は師匠について旅をしていることもあったけれど……あの時は師匠の背に追いつくので精一杯で。
 そう。彼女のように、誰かと並んで歩く機会などほとんどなかったのに。
 何気なく隣を見て、そこに誰も居ない事が……彼女が居ない事が、こんなに淋しいと思うようになってるだなんて。
「重症だな」
「何がっすか?」
「いや、こっちの話だ」
 そうっすかと不思議そうな顔をしつつも、瑠璃は詳しく突っ込んでこない。
 それがすごくありがたい。
 ヒサギ相手ならきっとそうはいかないだろうから。
 いくら慣れてきたとはいえ、アポロニウス一人で町に出すのは流石に皆がためらった。
 かといっていつまでも誰かが付き添う訳には行かないから、とりあえずしばらくはシオンから瑠璃を借り受ける事になった。
 ぶらぶらと町を散策することには大分慣れて、ヒサギ曰く「合格点」らしい。
 ディスプレイに飾られた服を眺めても、思うのは彼女に似合うかどうか。
 こんなにも彼女のことを考えていたのでは、昔のように父を馬鹿にできないじゃないか。
 ……やっぱり親子なんだな。
「で、今日も特に目的は無いんすか?」
 肩に止まった瑠璃の問いかけに、本来の目的をようやく思い出す。
「いや。花を買おうと思って」
「花?」
 不信そうな瑠璃に笑って返す。
「師匠に怒られた。『墓参りに手ぶらで行くとは何事ですか』とな」
「墓参りっすか?」
「ああ。両親と……弟夫婦の、な」
「……そうっすか」
 悪いことを聞いたという顔で瑠璃は沈黙する。
 宝石に封じられてから流れた時は、アポロニウスから様々なものを奪っていった。
 それでも……
「こういっちゃあなんだが……師匠が長生きしてくれてて良かったとは思う」
 花屋への道を行きながら、アポロニウスは思ったことをそのまま口に乗せる。
「師匠が居なかったら墓の場所もわからなかっただろうし」
 けれど、宝石の中に封じられたからこそ分かる事もある。
 自分はいつか死ぬだろう。それは生き物全てが通る道だから。
 そしてそれはきっと……師匠より早い。
 自分が封じられてた時間以上の時を師匠は生きている。
 きっと自分の死後、彼女は文句をいいつつも墓を守ってくれるだろう。
 両親の時のように。
「いらっしゃいませ」
 店員の挨拶に軽く頭を下げて、バケツに入れられたたくさんの花を選別する。
「……すごいな。この花の量」
「温室とかで栽培できますっからねぇ。
 春は春ですから種類はそりゃ多いんすけど」
 しみじみという瑠璃に頷いて、決めていた花を選んで花束にしてもらう。
 店を出たところで瑠璃は不思議そうに呟いた。
「墓参りって言うからユリかと思ったんすけど」
「何もそうやって決め付ける事も無いだろう?」
 そっけなく言って花束を丁寧に持つ。
 カスミソウの白が映える、朱色の花。
「コスモスってこんな色のもあったんすねぇ」
 しみじみという瑠璃に、薄く微笑を浮かべるアポロニウス。
 サニーレッド。
 それがこのコスモスの名前だという。
 太陽の色のコスモス。
 こんなものがあると知って、それでなんだか嬉しくなってしまう自分がいて。
 ああ。本当に。
 万年新婚状態だった両親の事なんていえないじゃないか。
「さて、早く帰らないと師匠が待ってるな」
「賢者様ならお優しいから」
「あの人はあの顔であの雰囲気のくせに厳しいんだ」
 本当は墓参りは明日だから別に急ぐ事は無いのだけれど。
 寮に居座っている彼女がコレに気づくだろうか?
 わざわざこの花を両親の墓に供えたいと思ったかなんて、気づくだろうか?
 アレだけ周りからからかわれても、大して気にしていないような彼女。
 自分が思いを打ち明けて、果たして真面目に考えるだろうか?

『誰も私にはプロポーズできませんのよ?
 そう思う相手には、私からプロポーズいたしますから』

 かつて聞いたこの言葉。
 なら、コレに賭けてみようか。
 花束の花弁にそっと唇を寄せて、心の中だけで宣戦布告をした。

アポロニウスが馬鹿になった……わけじゃなくって、最初っからこんな感じです。こやつは。
だってねぇ。ラティオの息子だし、アポロニウスの曾々祖母からしてこういう性格ですから。
興味ありまっせ~んって顔してても、こういう奴だったんです。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/