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しんせつ

真夜中の祭

 いびつにゆがんだ月が杯に映る。
 花の盛りはとうに過ぎて、代わりに若葉がさらさら揺れる。
 夜桜見物にはうってつけの良夜だが、花の頃では風が冷たい。
 どちらも楽しみたいと思うのはやはり贅沢だったのだろうか?
 ……だからってこんな罰を下すこともないだろうに。
 目の前には大きなトラがいた。
 無論、本物の虎などは話に聞くだけで見たことはない。
 所謂『よっぱらい』だ。
「ほおぅらあ、のまれないんですかー?
 ちゃんとのんでますかー? しずまさまー?」
 多少ろれつがあやしいくせして、人の目の前で手をひらひらさせる侍女。
 本来なら……本来なら領主たる俺に向かってこういう真似は許されないのだが、今夜は無礼講でと最初に言ったし、何より昔馴染み……もとい、乳兄弟たる彼女のこういう態度にいちいち腹を立てるほど狭量でもない。
「飲んでる飲んでる。だが、河青は飲んでないみたいだぞ?」
 にやりと笑みを浮かべて生贄を差し出す俺。
 差し出された側の河青はひくりと眉を動かして何か言おうとするが。
「あーほんとーですねー。だめですよーかせーちゃーん?」
 その前にトラに捕まった。哀れ。
「……茜殿、もうすこし」
「あかねあねうえさまですよー。ちいさいころはそうよんでくれてたのにー。
 かせーちゃんはだめですねぇ」
 言ってけらけらと笑う茜。普段はとっても有能な侍女だっていうのに……城のほかの侍女連中には見せられない姿だな。
「殿……ッ」
 困りまくりな表情で河青が助けを求めるものの、それを許せば被害は俺に来る。
 よって俺はこう答える。
「がんばれ河青。お前の従姉だろ」
「それはそうなんですけどッ」
「かせーちゃんはほんとうにだめですねぇ。
 しずまさまー。だめだめなかせーちゃんに、何かばつをおもうしつけくださーい」
「ああ、それはいいな」
「殿!」
 そんな殺生なといわんばかりの河青。
 かといって、酒の席での罰なんて、せいぜい恥ずかしい昔話の暴露くらいしか命じないぞ? それだって内容に困るって言うのに。何せ昔馴染みだから下手にいじると自分に被害及ぶからな。
 俺がまったく助けを出す気がないのを感じ取ったのか、どこか自棄になったように河青が反撃した。
「大体茜殿! 自分がまたふられたからと、憂さ晴らしにヤケ酒するなど!
 殿も殿でどうしてそれをお許しになられるのですか?!」
「ふられた? また?」
 初耳だぞそれ。根詰めて仕事してるから息抜きが必要だからって言われたぞ?
 思わず茜の様子を見てみれば、先ほどまでの陽気さは消えうせ、顔を伏せたその姿。
「河青」
「あ」
 流石に河青も自分の発言のまずさに気づいたらしい。
 何とか弁解はしようとしたんだろう。それでも、茜の暴露のほうが早かった。
「またとかいったーッ またって!
 そんなだからかせーちゃんはこくはくされてもすぐににげられるのよーっ」
「んなっ」
「へー。お前いつまでたっても身を固めないと思ったら。へーえ。
 ん。よしわかった、見合いしよう見合い。むしろしろ、命令」
 肩をたたきつつ友人兼上司としての激励に、なぜか河青は反論してきた。
「どうして私のけ、結婚話に」
「かせーちゃんはむかしはもててたけど、いまはおんなごころのわからないトーヘンボクってしられわたっちゃってますから、ぜひたこくのかたをおねがいします。しずまさま」
「ほら茜もこういってるし」
「殿!」
 はははと笑って言えば、真っ赤――なんで真っ青になって反論するんだ河青?
「いいじゃないか酒の席だ。面白い話は大歓迎」
「……私のことよりもまず殿こそ早くお世継ぎを!」
 う、この話題はやぶへびだったか。仕方ないここは適当にかわし。
「だめですよー。しずまさまは、はつこいひきずってらっしゃるんですからー」
 めちゃくちゃ楽しそうに、茜が爆弾を落としてくれた。
「なっ 茜お前そういうこと言うか?!」
「いいますよー。いっちゃいますよー。
 かわいくてりりしいかんじのわかざむらいでしたよー」
「…………殿、そういうご趣味で?」
「そんなわけあるかあああッ その言い方止めろ!
 女の子! 男装してただけのお・ん・な・の・こ!」
「じょそうしてたしずまさまとならぶと、ほんとうにおにあいでしたよー」
 ……茜。たのむからもうしゃべらないでくれ。
 普段は口が堅いのに、なんで酒飲むとこうなんだよ。
「殿。いつまでも引きずっておられてどうされるんですか。
 女子は星の数おります。どうしてもその娘がいいなら、使者を立てるなり何なり」
 あとから思えば、俺も結構……かなり酔ってたんだと思う。
 仕事の疲れとかうっぷんとかもたまってたしな、間違いなく。
 だからきっと言ってしまったんだと思う。河青にとっての禁句を。
「うるさい河青! おまえだって初恋引きずってるくせに!」
「あれは引きずるなと言う方が無理ですよ!」
 案の定、ちょっぴりなみだ目で返してくる河青。
 やっぱりこの一言はいまだに効くらしい。
 自然と視線はその原因を作った相手へ向かう。
「おこさまがなにをおっしゃることやら」
 両手を腰に胸張って。おまけに笑顔全開で。
 次の瞬間、河青は床にくずおれた。
「おーい、河青? かせーい?」
「飲みましょう」
 顔を上げた河青の目は……言うまでもなく座っていた。
「飲みましょう。とことん」
「のもー! ささ、いっこん」
 杯に注がれた酒を一息にあおる河青。今度は徳利を受け取って河青が茜の杯に注ぐ。
「河青? 茜? 酒は程々にしたほうが」
 言いかけた途端に向けられる視線。
「いいと思わないでもなかったり?」
 弱きとか言うな。小さい頃の力関係って、結構続くもんなんだっ
「殿も呑みましょう」
「しずまさまのはつこい・そくしつれんにかんぱーい」
 言うが早く、あふれるほどに満たされる俺の杯。
 月も桜もと欲張ったのがまずかったのか。今や月にまで愛想をつかされたらしい。
「……かんぱーい」
 生ぬるい風の吹く春の夜。
 楽しいだけではない酒宴の終りはまだ遠い。

「雪の果て」ともびみょーに繋がってたり。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/