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  4. 100のお題:指令編 061~070
PA

061:証拠を見せろ。

「それで今回は?」
「それはこちらに」
 とある窓辺で向き合った男性二人。テーブルには厚めの白い封筒が一つ。
 窓から入り込む光でその表情は伺えない。
「音声もありますが、今回は画像のみで。
 データは副会長の元へ送信しておきました」
 若い方の男が封筒を初老の男性の方へと押しやる。
「ほぅ」
 気のない振りをして中の写真を確かめ、彼は満足そうに頷いた。
「よく撮れてるな」
「細心の注意を払いましたから。……それで」
「ああ。分かってる」
 なおも言葉を紡ごうとする青年を手で制し、手にした写真をテーブルに置く。
「きっちり根回ししといてやるよ。俺ぁ別に反対する理由もないしな」
「ありがたいお言葉」
 かしこまって礼をする青年と、鷹揚に頷く男性。

 その姿が揺らいで、水晶は再び澄んだ本来の色を取り戻す。
 なんとなく息をついて、シオンはかざした左手を戻し、背後の様子を伺う。
 ごすっとかいう音が聞こえたのは間違いない。
 勢い余ってテーブルに額でも打ち付けたんだろう。多分。
「とまあ、こんなんでましたが?」
 気まずさをごまかすためにあえて明るく告げれば、かすかに頭を動かして、彼女は怨嗟の声をあげた。
「……あたしの意見、誰か聞いてよ……」

062:香水をプレゼントせよ。

 香水。
 その存在は知っていたし、一応母もつけていた……時もあった。
 ただ、自分が知っていたものよりもやはり今のものは洗練されて、種類も比べ物にならなくて。
「多いんだな」
「でっしょ~♪ こーいうのって憧れるよ~」
 げっそりとしたアポロニウスに応えるのは楸。
 呼び止められたかと思ったら、誘拐同然に連れ去られた。
 その先がまさかデパートとは思いもしなかったけれど。
 PAに拾われてまだ一年経っていないアポロニウスにとって、『外』に出るのはこれで結構冒険だというのに楸はまったく頓着しない。
 化粧品売り場を散々連れまわされて、その香りというか匂いにやられてしまっている彼にかまわず、これはどうか、こっちにしようかと騒いでいる。
「スタンダードにバラかスズランの香りがいいかなぁ?
 ねーアポロニウス君、こーちゃんのイメージってどっち?」
 どっちでもいいから早く決めてくれ。
 心底そう思うものの、もう口を開く事すら億劫なアポロニウスはうなだれるばかり。
 聞いても無駄と判断したか、店員のいう一番人気の商品に決めたらしい。
「プレゼントですか? 羨ましいですね」
「いーえー。あたしは選ぶのを手伝っただけです~。
 いとこのお姉ちゃんにプレゼントするって言うから♪
 一人じゃ来にくいって言うんですよ~♪」
 にこやかに応対する販売員――アポロニウスより少し年上くらいだろうか――の言葉に楸が嬉しそうに返す。
「あら。じゃあそのお姉さんには内緒で?」
「もっちろーん♪ ほらアポロニウス君会計ー」
 よろよろと近寄り、財布を取り出す。
 こんな大金使うことになろうとは思ってなかった。こんな小さな瓶なのに1アウルム……
 何か不条理だと思いつつも会計を済ませ、ボトルグリーンの小さな紙袋に入れられた商品を受け取る。
「んじゃ帰ろっか。こーちゃんに早くあげたいし、留守が知れたらしーちゃん怖いし」
「ヒサギはいらないのか?」
「ほへ?」
 完璧に意表をつかれた表情で振り返る楸に、アポロニウスも困惑した表情で。
「世話になった異性に男は香水を、女性はネクタイをプレゼントするのだろう?
 確かに一番世話になったのはコスモスだが、ヒサギやユスラにも世話になっているし」
「んーん。あたしはあーちゃんがくれるからいーの。
 アポロニウス君はこーちゃんにぱぁっとプレゼントすればおっけー♪」
 にぱっと言い切って足取り軽く先を行く楸にまだ不満なのか、アポロニウスは呟いた。
「奇妙な風習が多いんだな」
 その呟きを耳にして、楸は一人ほくそえむ。
 ああ。やっぱり彼は騙しやすい、と。

063:握り潰せ。

 ねっとりした感触。潰すたびにぐちゃという音がする。
 合挽き肉に卵。炒めたタマネギ。
 つなぎはパン粉の代わりにちぎったクロワッサン。
 たっぷり牛乳をしみこませたら、それらを一つのボウルに入れて混ぜましょう。
 だというのに、彼女は生地を混ぜるというより渾身の力で握りつぶしている。
「すすきのやぁつぅめぇ」
 先ほどの怒りはどうやら継続中のよう。
 だけど、一つだけ言っておきたい事がある。
「ねーちゃん、顔。おかしーって」
 フライパン片手に細い声で言う主。しかし使い魔はさらに思う。
 どーして機嫌悪くなると料理にあたるとこまで似てるんでしょうかねぇ。

064:写真を撮れ。

 こういう指令は簡単だ。しかし、簡単ゆえに困る事がある。
 さて何を撮ろうか?
「好きに撮って良いのか」
「そーなんだけど。かえって何撮ろうかってことになるんだよなー」
 むうと唸ってカメラをもてあそぶシオン。
 なにかコレというもの。提出しても冷笑されないようなもの……
 なんというか、そういうところに考えがいってしまうあたりに彼の苦労が偲ばれる。
「家族に写真って送ってるか?」
 シオンの言葉に梅桃が目を逸らし、楸が乾いた笑みを漏らす。
「えーと」
「そーいえば送ってないねぇ」
「皆で撮るか?」
「さんせーっ」
 そうして撮られた写真は数日後、それぞれの実家で飾られる事になる。

065:追いかけろ。

 写真撮影会(いつの間にかそうなった)を終えてシオンが自室に戻ると、コスモスが椅子に座ったままじっと窓を見ていた。
 PAの団員は基本的に寮住まい。空き部屋などは数えるほどしかない。
 故にコスモスは『仕方なく』シオンの部屋にいついていた。
 帰ってきたことは分かっているだろうに一言も発さず、集中しているその背中にため息交じりに問い掛ける。
「今度は何見てるわけ?」
「薄」
 間をおかず返ってきた答えにシオンはびっくりして問いかける。
「何故また?」
 薄はコスモスの護衛。だから彼が姉のそばを離れる事はほとんどない。
 離れていたからって今まで姉が彼を千里眼で監視する事なんてなかったと思うのに。
 その感想はコスモスの言葉によって覆された。
「あいつは従者としての意識薄いから、お仕置き中」
 理解するのに数秒。姉に近寄りその手元を覗き込めば、時折淡く輝く魔封石。
 えーとつまりあれですか?
 千里眼使って姿を把握して、わざわざ攻撃してると?
「魔法適当に撃ったって避けられるだけじゃ……」
 呆れ交じりの言葉が途中で止まる。
 窓の向こう……ちょうど実験棟の屋根のあたりで飛び跳ねた黒いもの。
 そしてそれを追うように走った赤い軌跡。
 コスモスが手にしている石は赤。火の魔力の篭った石。
 普通の魔導法ではあんな動きはしない。
「追尾機能付?」
「いっしょーけんめー逃げなきゃ、あてる」
 氷のようなその声音。
 ゆっくりと足音を立てないように後ろに下がって、シオンは細心の注意を払って扉を閉め外に出る。早足でその場を去って、階段まで来て壁にもたれて深呼吸。
 間違いなく姉の魔導士としてのウデは上がってきている。
 それ自体は喜ばしい事だ。
 敵にまわる可能性なんて考えなくていいから手放しで喜べる。
 でも。
「護衛相手になんで上達する……?」

066:どちらか選べ。

 お茶を一口すすって息をついて、観念したように薄は口を開いた。
「確かに出すぎた真似をしているかもしれません」
 一方向かいのコスモスはというと、相変わらずジト目のままで従者を見ている。
 薄の服は所々焦げたり凍ったり裂けたりしているが、怪我はまったくない。
 コスモスの狙いが正確なのか、薄が上手く避けているのかは分からないが。
 しかしそれだけの目に合わされたにもかかわらず、薄は変わることなく進言する。
「ですが公女? 考えてもみてください。
 前時代的な魔法に固執して、迷いの森に囲まれた怪しいとこに婿に来てくれるような物好きが、どれほどいると思います?」
 言われてつまるコスモス。正直その事実は痛い。
 自分の家があらゆる意味で『普通じゃない』ということは、悲しいながら分かっている。
「滅茶苦茶痛いとこきたわね。でもそれを言うなら嫁とるシオンの方が」
「今は公女のお話をしています。
 それに公子の場合は後継ぎですからね、もれなく公爵夫人という肩書きがつきます。
 玉の輿狙いの女性は多いのが世の常ですよ」
 反論するまもなく、立て板に水とばかりに言う薄。
「さて公女。
 そういうあなたに求婚している物好きはあのフランネル王子なわけですが」
 こちらを見るその目が馬鹿にしてるようで凄く腹が立つ。
 が、ここで怒鳴っても何も変わらないこともよく分かっているので、コスモスは視線で先を促す。
「王子とアポロニウス、どちらとの結婚をお勧めした方がよろしいので?」
「二択?! 二択なの?! それ以外の選択肢ないの?!」
「はい。そんな物好き、他に知りませんから」
 悲鳴のようなコスモスの言葉に涼しげに満面の笑みで応じる薄。
 唇をわななかせるものの、そこから意味のある言葉は出せず、コスモスはがっくりと肩を落とす。
「……アポロニウスのほうがましに決まってるじゃない」
「ああ。涙を流されるほどに嬉しいのですね公女」
「違わいッ」
 そんなやりとりをする主従の横で。
「というか、私に選択肢は無いのか?」
 げんなりとお茶の用意をするアポロニウスがいたとさ。

067:うんちくを垂れ流しなさい。

 淹れられたお茶を一口頂いてみる。
 少々蒸らしが足りなかったか、少し薄め。でも香りは十分出ているし。
 ま、合格かな。
 そんなことを思いつつ、シオンはアポロニウスの講釈を受ける。
「優しい色合いの清楚で可憐な花だな。見た目は」
 はらりとテーブルに置かれたのは一枚の写真。
 言葉通りのピンクの花が一面に咲き誇る様子が写っている。
「名前の語源は、美しい、装飾、そして調和という意味を持つ」
「宇宙って意味も持つんだぞ、今は」
 シオンの言葉に、少し目を開くアポロニウス。
 『宇宙』という言葉が示すものをまだよく理解し切れていないのかもしれない。
「群生して咲く姿は美しいが、見た目に反してこの花は強い生命力を持つ。
 どんな雨にも風にも負けずに立ち直ってすぐに花をつける」
「あー。打たれ強いってのか」
 そういえばこの花はもとは乾燥地帯のものだったか。
 ならば丈夫にもなるだろうなと相槌を打つシオン。
「花言葉に『野生美』とあるくらいだ」
「なんかぴったりだな~。さすがばあちゃん、ぴったりなのつけたんだ~」
 互いにうんうん頷きながらその花の写真をみて、視線を同時にあるほうへと向ける。
 そんな二人の視線の先は……

068:扉を開けろ。

「てなわけで、この扉なんてどーかな?」
「開けるなって書いてある所をわざわざ開ける事ないでしょ」
 打てば響くように却下されて、楸はむうと顔をしかめる。
「じゃあこっち!」
「怒られるなら一人でね」
 今度はさらりと見捨てられた。
「梅桃ちゃんひどーい。もうちょっとかまってよ~ぅ」
「そんなことしてたら世界が終わるでしょ。自分の部屋の扉でいいから、早く開けて」
「つまんなーい」
 ぶうたれつつも楸は言われたとおり自室の扉を開けて、それを梅桃が写真におさめる。
 なんのかんの言っても幼馴染。梅桃は楸の扱いを心得ている。
 普段は面倒だからやりたがらないけれど。

069:愛について考察せよ。

「ま、一口に愛といっても色々あるのよね」
 カメラを手に梅桃は言う。
 動画モードはバッテリーを食うから早めに済ませたいところ。

「もうシオンったらいつからこんなクソ生意気になっちゃったのかしら~♪」
「とか言いつつ首締めるなあああああッ」
 リビングではシオンの首根っこに捕まえるようにして実は締めてるコスモスの姿。
「兄弟愛……っと」
 あの兄弟に関して言えば、あれはコミュニケーションの一つだろうし。

「逃げちゃ駄目だよかー君!
 頑張って六級ゲットするためにも特訓は必要不可欠なのよ!!」
「逃げにゃ死ぬわあああああッ」
 姿は見えないが、声だけはよく聞こえる。
「仲間愛かしらね」
 PAの仕事は過酷なもの、実戦慣れしておくのは悪くない。
 教える側がちゃんと手加減できるのならば。
 それよりも、またうるさいと苦情がきそうなのが嫌だ。

 ため息ついて、リビングからベランダに出て外を眺める。
 すると下から何かが派手に転げる音がした。
 視線を転じれば、いつもの指定ローブと違う動きやすそうな服を着た賢者と、地面に転がったアポロニウスの姿。
「本当に鈍くなってますね。そんなに行動が遅いと命に関わりますよ?
 やっぱり鍛えなおさないといけませんね」
「あの師匠? ししょーは魔導士ですよね?!」
 慌てたようなアポロニウスの声に、賢者は困ったような声音で返す。
「そういいましても、今のわたしが攻撃系の魔法使おうものなら大変な事になりますから。
 実戦からは遠のいてますけど、弟子を鍛えるのも師の務めですし」
「そんな仕方ないような口調で棒持たないで下さい!!」
「棒術が一番手加減しやすいんですよ」
「素手! 素手でお願いしますッ」
 しばし眺めていると、結局弟子の希望にしたがって組み手が始まる。
 弟子、思いっきり飛ばされたり蹴られたり転がされたりしてるけど。
「師弟愛ね」

 さて、ここまでの様子を見て言えることは。
「愛って厳しいものなのね」
 うんうんと頷きつつ、梅桃はそう締めくくった。

070:その手で作れ。

 手を使って作る。
 それは何かを作る時の基本だし、特に『これ』を作るという指定もされてない。
 そう。だから何を作ったっていい。いいのだけれど。
「見てみてこれ! 雪だるま型~♪」
「フライパン型」
「ふつーに丸めろよ」
 他のメンツの会話は妙に盛り上がっていて、自分がおかしいのかと思う気になってくる。
 出来上がったものはそのまま熱湯に入れられ茹で上がるまで待つ。
 これは出来上がったら今日のおやつになる事だろう。
 本日何度目かのため息をつきつつ、アポロニウスは団子を丸めた。

「100のお題 04:指令編」お題提供元:[Plastic Pola star] http://ex.sakura.ne.jp/~kingdom/