051:告れ。
さて。ようやくその半分ほどを消化した指令だが。
「……何をどーしろと?」
頭を抱えるシオン。
「告れって言われてもねぇ?」
興味なさそうな口調で、しかし目はらんらんと輝いて楸が言う。
恋話関係は大好きっ! と、目が物語っている。
そのときすっくと立ち上がったのは、アルブム……もとい、PA唯一の見習い魔導士。
「告白します!」
何故か青ざめた表情で気合を入れて宣言する。
「団長のお気に入りの盆栽割りました! ごめんなさいっ」
沈黙。
そして――彼の姿をみたものは、丸一日いなかったという。
052:花冠を作りなさい。
「こーいうものはやっぱり手先の器用な人かやった方がいいと思うの~」
「できんぞ」
楸の悪意ありまくりの言葉に、ぶすっとした様子でアポロニウスは応じる。
「いーから二人ともさっさと手を動かせ」
使うのはそこらに生えてる花。花壇の花など使えるはずもない。
一輪失敬すれば、憤怒の表情で地の果てまで追いかけてくるほどの植物好きがここにはいる。
「わっかにするのってどうやるのかしら?」
「だよな。編むとこまでは出来るんだけど」
いびつに曲がった花の束をもってうめくのはシオンと梅桃。
カクタスは編む事すら出来ずに、もっぱら花を集める事に専念している。
「どーする? こーちゃんにでも聞いてみる?」
「呼んだ?」
「毎回思うけど、どこから出てくるんだ」
言い終わるか否かにひょこっと顔を出す姉に、不信な眼差しを向ける弟。
「姿見つけたからとりあえず来てるだけよ♪」
「見つけられないことがあるのか?」
えへんというコスモスに呆れ顔のアポロニウス。
透視の力を持つ千里眼を自在に使うコスモスの目から逃れるのは難しい。
これもストーカーになるんじゃなかろうかとか考え始めるシオンではある。
そんな彼の思考を遮ったのは、コスモスの従者である薄の一言。
「花冠ですか、懐かしいですね」
「すーちゃんも昔作った事あるとか?」
からかい混じりの楸の言葉に。
「ええ。結構簡単ですよ」
そう答えられて。
薄を先生に、各自一個ずつの花冠が完成した。
053:失くしたものを探せ。
「誰かなくし物してる奴いるか?」
シオンの問いかけに。
「ないよ~」
「特には」
「思いつかないな」
三者似たような返答があり。
「えーと」
「ぼけはいらんからな」
「……ハイ」
白い視線を浴びつつ、カクタスもないを首を振る。
「困ったな」
「誰か探し物してる人探す?」
「しかないかぁ」
ため息一つ、なくし物をした人を探しに本部内を探索するアルブム。
しかし、こういうときに限って探し物をしてる人はいなくて。
「なくしものですか?」
「そう。なんかなーい?」
本部併設の図書館で机に向かってる館長こと賢者様にまで聞く羽目になった。
「そうですね。探して欲しいもの……」
呟きつつ人差し指をあごに当てて考え込む姿は、とてもじゃないが千年以上生きているとは思えない。
「あ。お手紙」
「手紙? それ探せばいいの?」
ようやく探すものが見つかってほっとするシオンたちと対照的に、何故か嫌な予感を感じるアポロニウス。
「はい。お手紙です。ちょっとどこに収めたかわからなくて」
なんだろう。
師匠のこの顔は、めちゃくちゃマズイと頭で警報が鳴っている気がするのは。
「よし! じゃあ探すぞ~!」
しかしそんなアポロニウスの内心など知ることなく、シオンの命令は下った。
054:見てはいけないものを見てしまえ。
捜索開始から二時間後。ようやくそれらしいものが見つかった。
「にしても……姫の部屋って広いよな~」
「開設当時からのメンバーでしょ?
こういうところはやっぱり年功序列だったりするものよね」
部屋を見回し、しみじみと呟くシオンと梅桃。
確かに彼女の部屋は広い。この部屋は主に魔法のかかっていない道具などを置いておくのに利用しているとのことで、彼女が自由に使える部屋はまだいくつもある。
「でもやっぱり姫って几帳面よねー。ちゃんと書いてあるし」
部屋の中は箱がこれでもかとばかりに積まれてあったが、その一つ一つに日付と何が入っているかが大まかに書かれていた。
手紙と書かれた三つの箱をそれぞれ手に持ち、姫こと賢者の待つ部屋へと移動する。
「姫~。見つかったよ~」
「ありがとうございます。お疲れでしょう? お茶でもどうぞ」
「わあい!」
ほわんと室内に紅茶の良い香りが漂う。
しばしお茶菓子の話題で賑わい、思い出したように楸が問い掛ける。
「誰からの手紙なの? 昔のコイビトとか?」
「これは預かりものなんですよ」
ふんわりと笑って、賢者と呼ばれる彼女はいとおしそうに箱を撫でる。
「全部アポロニウスさん宛です」
「はい?」
思わず聞き返すアポロニウス。
「ちょっと待って下さい師匠! 手紙って誰からですか?!」
「もちろんご家族からですよ。もうすごい量になってまして。
手紙だけじゃあなくて、小包みたいなものもいくつもありますし」
見て分かるでしょう?
そう手で示されてはうめくしかない。
家族からの手紙。正直、嬉しいのは確か。だけど……
返事の来ない手紙を書く、家族の思いはどうだったのだろう?
ひとかけらの希望にすがって、長き時を生きれる師匠にせめて手紙を託した。
そんな、家族の気持ちは……
遠き昔に置き去りにした人を想い、沈黙する師弟を余所に。
「ちょーっと見てみたいと思わない?」
「とかいいつつ開けるな楸」
「注意しつつも止めないのね」
悪ガキ一人と止める気のない三人が、箱の中の小包を開ける。
「なんて書いてあるのかな~♪」
そう言いつつ読み進めた楸の顔色が、どんどんと悪いものになっていく。
最初は単に安否を気遣う文章。
それがだんだん返ってこない事への不満、悪口に代わっていき。
最後には呪詛に近いものになる。
無言のままに、元のように納める楸。残る三人も、見ているだろうに何もなかった振り。
四人の視線がアポロニウスの姿を捉え。
覚悟して読めよ、と心の中だけで警告した。
055:身体で示せ。
流れるは滂沱の涙。受けるは呆れたと表現するのが相応しい視線。
無理もないとは思う。
自分だって他人がこうやってるのを見たら、呆れて、見なかったことにするだろう。
他人事のように考えるカクタス。
仲間はそばにいない。
『団長のお気に入りの盆栽割りました!』
あの発言は、指令の一環としてばっちりと録音されており。
となれば団長の耳に入るのは当然。
そうして……その結果が現在の状況。
どこから持ってきたのか、学校で使うような机の上に正座をさせられ、口には赤で描かれたペケ印のマスク。首からは一枚の板が下げられている。
そして極めつけはその板に『反省中。エサを与えないで下さい』とか書かれている。
団長曰く、罰にもなるし、指令を一個クリアできるならいいだろう。とのこと。
期間は丸一日。
時間よ、疾く進め。
無駄な足掻きと知りつつも、そう願う事しか出来なかった。
056:妄想しとけ。
ようやく半分済んだって言うのに、何でまたこんな変な指令が出るんだか。
ため息をこらえても、頭痛がするのはこらえられない。
妄想しとけ。
何を?
そう問い返したい気持ちでいっぱいだ。
「公女の花嫁姿なんて如何でしょう?」
ひょこっと出てきて爆弾を落とすのはいつものように。
「……お前うちの職員じゃないだろ薄」
姉の護衛たる『剣』の薄。
護衛対象の姉が出て行かないから彼がここにいても何の不思議でもないが、最近の彼の『さっさとどっかから婿もらってください』攻撃には流石に姉に同情する。
だって他人事じゃないしなあ。
俺も後二年もしたら、周りからあんな風に言われるのかなぁ。
二十一歳なら、結婚なんてまだ早いとか言われても全然おかしくない年だろうに。
「ねーちゃんの花嫁姿ねぇ」
白いドレスを着たとこは何回か見たことあるから、それにヴェールとブーケ。
そして、へのへのもへじの新郎を追加して想像してみる。
……なんかしっくり来ない。
というか、ねーちゃんのお眼鏡……ひいてはあのばーちゃんのお眼鏡に適う奴が果たしているのかどーか?
とか考えていると、目の前を青い塊がすごい勢いで過ぎ去って、軽い音と共に薄の手に収まる。
「危ないですねぇ公女。公子が怪我されたらどうされるんです?」
ごつい辞書をもてあそびつつ薄が言う。
「あんたがいらんこと吹き込むからでしょーがッ
桔梗の花嫁姿でも妄想してなさいなっ」
言い合いをはじめる主従を前に、シオンは指令書を持ってそっと部屋を出る。
実力行使のけんかにならなければ、ほっとくのが一番だから。
057:アメとムチを使い分けろ。
部屋を移動して再度指令書を開く。一文を読んで悩むことしばし。
「分けたことは無いなぁ」
分けられた事はあるけど。
三日で仕事片付けろ。早く片付けたら休みにまわす。とか。
というかうちの業務ってほとんど、アメ・ムチ・ムチみたいな感じだなぁ。
そんでもって誰相手にするかって言うと……
どさっ。
音を立てて大量に机に置かれた紙にカクタスは目を丸くする。
「えーと、これ、なんでしょうか?」
「問題集」
にっこりと笑ってシオンは答える。
「お前もいい加減六級に受からないとな。
PAで唯一の見習いとか言われてるけど、二年目だしもうそれは通用しないぞ」
「ぐぅっ た、確かにそれは……」
うんうん。これは十分ムチに当たるだろう。
でもってこいつに一番効くアメは。
「そいうやカクタスって彼女欲しがってたよな?」
「なんなんだよとーとつに。受かったら誰か紹介でもしてくれるとか?」
「しようか?」
「へ?」
きょんとするカクタスに微笑むシオン。
「一発合格したら紹介するぞ。何人でも」
さわやかな微笑みは、よそ行き笑顔のコスモスとよーっく似てると思うが、我が身が可愛い使い魔は何も言わない。
笑顔が何か怪しさを感じるが、カクタスの心は大きく揺れていた。
学校は一応共学だけど、こんな仕事をしているせいでクラスメイトを全員覚えられていない状況。
女の子と知り合いたいけど、職場にいるのはほとんど年上。
いや、年上が嫌いという訳じゃないけど。
何人でも紹介するというのは普通なら怪しむところだろうが、シオンは貴族……いや、大貴族のおぼっちゃん。となれば、話に聞く『シャコウカイ』とかで何人もの女性と知り合っていてもおかしくない。
「ふふふふふふ」
怪しい笑いを漏らしてカクタスはだんっとテーブルに足を乗せ。
「やる! やってやる! 目指せ六級一発合格!!」
そうしてカクタスが猛勉強を始めた事は、いうまでもない。
058:埋めろ。
そのたった三文字。
目にした瞬間思わず体が固まってしまった。
ま……まさか……
つつぅっと冷や汗を流して瑠璃は主の様子を伺う。
いくらマスターでも、しませんよね? ボクを埋めるなんてことッ
使い魔の心情など知らず、主たるシオンはむぅと考え込み。
困った顔で仲間二人に問い掛ける。
「肥料代わりに花壇に生ゴミ埋めるか? あ、でも許可いるかぁ」
「種とか球根でも埋める?」
眉を寄せるシオンに梅桃が助け舟を出す。
「お部屋に緑欲しいよねぇ。植木鉢とかあるかなぁ」
そう相談始める様子を見て、気取られぬように瑠璃は息を吐く。
良かった……良かったっす……いえ、ボクはマスターを信じてましたけどッ
それを口に出していたら。まず間違いなく埋められていたとしても。
059:鎖を外せ。
「鎖って……」
「まず真っ先に思いつくのが、凶悪犯の手錠?」
「外すな。ぜってー外すな」
びしと突っ込んで、三人揃って頭をひねる。
何故に三人かというと、カクタスは受験勉強(流石に邪魔するような真似はしない)で、アポロニウスは……まあその、連れ去られた、と言っておこう。
鎖を外す。というからには何かが鎖でつながれていなければいけない。
ここで鎖に繋がれているとなると、冒頭で楸が言ったように凶悪犯の手錠となる。
「近所に犬でも飼ってるところあったかしら」
「それもするな。この辺犬は鎖で繋いでおかないと罰金だろうが」
三人揃って口をつぐみ。
「うちの学校って自転車通学、許可制だったよね?」
「だったと思うけど……それが?」
「許可なしに乗ってきた自転車って、裏の木に鎖でつながれてたと思うんだけど」
結局先生に理由を話して、それに決定した。
060:大口を開けて待て。
「はい口を開ける」
「あー」
「いや、声は出さんで良いから」
言いつつ写真をパチリ。
「こんなのなら簡単なんすけどねぇ」
今回の被写体だった瑠璃が言う。流石に大口を開けるなんて、間抜け面を晒したがる人はいなかったから、こうやって瑠璃にお鉢が回ってきた。
「なんか懐かしいな」
さっき撮った写真を確認しつつ、シオンが笑う。
「何がっすか?」
「お前拾ってきた時、こうやって口を開けてるとこにえさ突っ込んだなーって」
「ああ、そういうことっすか」
元々瑠璃は使い魔でもなんでもなく、ただのハヤブサだった。
「主にハリーが」
「……そーっすね……」
ハリーはシオンの祖父・エドワードの使い魔の鷹。
卵から孵ったばかりの瑠璃がハリーを『親』と認識してしまったが故に、お家にお持ち帰りとなった。それがシオンと瑠璃の出会い。
「親孝行、しろよ」
妙に優しい眼差し。しかしその目は虚ろ。
「何でいきなりそんなこと言うんすか?!
マスターちょっと変すよ?! っていうかまた寝不足ッすか!!」
「そーかも。でも一応昨日は三時間は」
「今すぐちゃんと休んでくださいッ」
「いやまあ多分だいじょーぶ。さっさとこの馬鹿げた指令終わらせ」
「まあすたああああっ」
結局、使い魔の悲鳴を聞きつけたコスモスが、強制的にシオンを休ませる事になる。
「100のお題 04:指令編」お題提供元:[Plastic Pola star] http://ex.sakura.ne.jp/~kingdom/