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  4. 100のお題:指令編 031~040
PA

031:イタズラをしなさい。

 PAの捜査員は寮住まいのものが多い。
 食事は敷地内に安い食堂があるが、好きなものは自炊している。
 さて、シオンたちチーム・アルブムは入団二年目を向かえ、ようやく一人一部屋を与えられていた。
 とはいえ食事の用意をするとなると、一人一人が作っていたんじゃ無駄が多いということで、以前と同じように集まって食事をとっていた。
 食事はほぼシオンと梅桃が交代で作っている。
 カクタスは料理なんて、PAに入るまではやった事はなかったし、アポロニウスは出来なくはないが調理器具の扱いに不安が残る。
 楸は論外。彼女の料理は見た目と味が反比例するものだから。
 学校が休みの日とはいえ(学校が休みということは公務員も本来休みなのだが)こまごまとした書類処理などをする必要がある。
 いつものようにシオンの部屋の居間で書類と格闘する事二時間。
 そろそろ食事の用意でも、と、シオンが席を立ってしばし。
「ゆで卵の中に生卵混ぜた馬鹿はどいつだーっ」
 と居間に怒鳴り込んできた。
 また馬鹿な事を、と他人事のように思う梅桃。
 サインをするためにインク壷の蓋を開け、怪訝そうな顔をして顔を近づける。
 このにおいは……
「これ、インクじゃなくて、ソース?」
 そして、悪戯された側の視線が一人に集まる。

 数分後、その辺にあったビニール紐で括られているカクタスの姿。
 冤罪ダーなどと叫んでみても、二人はまったく耳を貸さず。
 ……まあ確かにオレがしたんだけどさ。
 何でばれたんだろうと思いつつも、恐る恐る口を開く。
「あの、なんでオレだなんて言いがかりを」
「「楸は食べ物使った悪戯はしないから」」
 異口同音。言われた楸本人も、どこか青ざめた顔でこくこく頷いている。
 何故?
 その視線を受けて、梅桃がふっと遠い目をする
「前にそれで椿さんにすっごく怒られてたから」
「ばーちゃんにもな。あの恐怖を忘れるはずがない」
 うんうんと頷くシオン。かすかに震える楸。
 どんな恐怖なんだろう?
 自分も危ない事を悟りつつ、できるのは現実逃避だけだったカクタスだった。

032:泣け。

「さて、どうしてくれようか」
 ふんじばったカクタスを見下ろし、シオンは言う。
「やっぱりそれなりの罰を与えるべきでしょ」
「その上指令クリアできればゆうことないよね♪」
 案の定、反対意見は出てこない。
 ああ、オレどうなるんだろう?
 残る頼みの綱のアポロニウスは静観してる。
 もっとも彼とて小さな頃、食べ物を粗末にして怒られまくった記憶がある。
 カクタスにはお構い無しに、指令書を眺める三人。
「次は……おお。良いねぇ」
「良いわね」
 うんうん頷き、三人はそれぞれに思い思いのものを手にとる。
「って訳だ。泣け」
「ンなあほなああああッ」
 叫ぶカクタスに、にこやかな顔で近づく楸。
「タバスコが良いかな~」
 あんた、それをどう使う気ですか?
「唐辛子にワサビは? それともハバネロ?」
 食べ物で遊んじゃいけないって言われてたんじゃ?
 それは食べ物を無駄に……食わされるのかあああああッ?!
「オーソドックスにたまねぎも」
「オニーッ」
 カクタスの切実な叫び。
 しかし、慣れてしまった人々にはただのいつもの風景でしかなかった。

033:他人の振り見てわが振り直せ。

 部屋にいるのは面立ちの似た二人の人間。
 鈍い金の髪に紫の瞳。女性は優雅に。男性も負けず劣らずどっしりと構えている。
 一見すれば、のどかなティータイム。
 他の国の人間が『パラミシア』を連想するに相応しい、上流階級の身のこなし。
 しかし、そこに漂う空気は絶対零度。
 部屋に残された一人と一匹にとっては胃が痛いことこの上ない状況。
 少し離れて紅茶の準備をしていたアポロニウスが、耐えかねたように息を吐いた。
「何とかならないのか……」
「アポロニウスさん酷いっすよ。ボクに死ねと言うんすか?」
 ぼそぼそとささやくような会話。
 姉弟げんかの真っ最中。きっかけはなんだったか良く知らない。
 宥めるべくこうやってアポロニウスはお茶の準備をしている。
「まだなんすか?」
「きっちりと蒸らさないと、美味くならないからな」
 そういえばこうやってお茶を入れるのはいつ以来だろう?
 昔はよくお茶を入れていたような気がする。
 そう。ベルとローズのけんかの仲裁とか、両親のケンカの……
 仲裁ばかりしてたのか……ッ
「ですから、わたくしは噂の真相を確かめたいだけですわ。
 わたくしのことですもの。気になって当然でしょう?」
「姉上のお立場ならば、そのような噂が出ても致し方ありません。
 どうか城にお戻りください」
 少しつんとすまして訴えるコスモス。神妙な顔で返すシオン。
 実際の心の内はというと。
「あんな馬鹿げた、迷惑な噂振りまいた奴を許せるか!
 見つけててってーてきに痛い目あわせる!」
「何馬鹿なこと言ってんだ! 警護その他諸々大変なんだからとっとと帰れ!」
 といった所。
「……似てるな」
「本気で怒ってるっすね~。お二方とも」
 しみじみと呟くアポロニウス。遠い眼差しのままの瑠璃。
「あら」
 その台詞が聞こえたか、矛先は瑠璃へと向かう。
「そんなことありませんわよ?」
「瑠璃、君は何故私が怒っていると思う?」
「ああああああっ
 普段聞きなれない紳士淑女モードに入ってるのが何よりの証拠ッすよーっ」
 互いに相手のそんなところが嫌だと思ってるくせに。
「やっぱりよく似ているな」
 集中砲火を浴びせられる瑠璃を横目に、アポロニウスはポットを傾けた。

034: 一発当てろ。

 鐘が鳴る。それは終了の証。
 ほっとしたもの。悔恨の声を出すもの。さまざまなざわめき。
 その中。
「いやったあああっ 当たったーっ」
 天に拳を突き上げて、カクタスは歓喜の声を上げる。
「何喜んでるの? かー君」
 コワイものでも見るかのように、楸。
 彼女の頭の中ではカクタスと不幸はイコールで結ばれている。
 ……それも酷い話だが。
 頭に花が咲いたようなカクタスと、妙に弱気な楸とを見比べ、シオンは真相を告げる。
「テストの山勘当たったんだと」
「なーんだ。ずいぶんおめでたい頭だね~」
「……学生としては正しい姿なのかもな」
「これで追試は免れたーッ」

035:相手をまるめ込むべし。

 恐る恐る、といった感じで彼は口を開く。
「あの……」
「まあ! 見事なツツジですわね!
 三年前も思いましたけど」
 先制攻撃とばかりに放たれた言葉に、撃沈しそうになる。
 まったく無邪気といってよいその口調。しかし、目がそれを裏切っている。
 口元には春日の微笑み。瞳には氷雪。
 ああ。この感じ、どこかで覚えがあるのは何故だろう?
 考えるまでもない。彼女達の祖母のもの。
 ため息をつきたいのをこらえて、リアトリス――PAの団長の地位にいる老人は湯飲みを傾ける。
 正直コスモスがPAにいるという状況はなじめない。
 というか、本来ならいていいはずがないのだ。
 言うまでもなく部外者だし。
 機密情報がごろごろ転がっている場所に、一般人を入れていて良いはずがない。
「一月ほどで構いませんの。匿ってくださらない?」
 にこやかに言うコスモスの言葉は、本来なら一笑に付すもの。
 しかし。
「何をおっしゃいますか公女」
 にこやかに。とてもにこやかに言うコスモスの護衛。
「こんなところで公女の身の安全が守られるわけありませんよ」
 クリティカルヒット。
 三年前に、彼女を命の危険にさらしたことがある身には、その言葉は痛すぎた。

「あら? わたくしは遊びに来ただけですもの。団長さんのお許しもあってよ?」
「だからどうして団長が許可出すんですか?! 姉上は部外者ですよ。部外者!!」
 楽しそうに笑う姉と怒りを抑えきれない弟。
 その裏に、神経性胃炎に苦しんでいる団長の姿があることを、はたして何人が知っているだろう。

036:ダイエットに励め。

 指令を眺めてポツリ。
「誰がするんだ?」
 何の気なしに聞いたことに、周囲の気温が数度下がる。
「かーくん?」
「は、はひ?」
 妙ににこやかな顔で……顔と裏腹に平坦な声音で楸。
 その迫力にカクタスは後退る。
「ど・お・し・てっ そーゆーこと聞くかなぁ?」
 にこにこ。にこにこ。
 顔だけは微笑を絶やさずに、楸はカクタスに詰め寄る。
「あのね。乙女にとって体重計はすっごい敵なのよ?」
 殺気を撒き散らす楸に構わず、シオンは肩の使い魔に声をかける。
「瑠璃」
「はい?」
「お前やせろ。ちょっと目離した隙に肥えただろ」
「ひっ 酷いッすマスター!」
 オスだけど、太ったといわれずに肥えたといわれると、流石に腹が立つ。
「絶対肥えた! お陰で肩こりが酷いんだ!」
 しかし、シオンの言葉は真実で。
「し……仕方ないじゃ無いッすか! 食料の多い時期に食べておかないと飢えて」
「飼い鳥が何をぬかすか。焼き鳥にされたいか?」
「冗談っす……」
 魔導法使ってまで焼きたいのか。
 その突っ込みは誰からもなかったという。

037:誤解を解消せよ。

 前には意地悪そうな金のとら。
 左には従順なイヌの振りした狼。
 そして右にはいずれ凶暴なニワトリになる素質を持つひよこ。
 分が悪いったらありゃしない。
 こくんと紅茶を一口。
 悔しいが美味しい。さすがジニアおじさん。『お茶しよう』攻撃が健在なだけはある。
「で? どうなんだ?」
「本当のところ聞かせてよ」
「おじさんも聞きたいな」
 止めろよ薄。
 コスモスの内心の命を、知らん顔して薄は茶菓子を皆に配る。
 とめる気はまったくないらしい。
 ため息一つ。
「だーかーらっ! 何であたしがいきなり結婚しなきゃなんないのよッ」
 その言葉に、彼らは顔を見合わせ。
「「だってヴァイオレットの子だし」」
 と、声をそろえてのたもうた。
 おかーさん。貴女のせいで、娘は今大ピンチです。
 どこにいるのか分からない母に一通り恨み文句をぶつけて、コスモスは気のない振りして言葉を紡ぐ。
「っていうかね? 大叔父さんもジニアおじさんも支部長も!
 結婚って一人じゃ出来ないんだからね」
「そんなこと知ってるよぉ」
「ウワサの相手がいるから聞いてるんだろうに」
「事実なら、ぜひとも確かめないとね」
 人の話を聞いてるんでしょうか、コイツラは。
「とにかく、アポロニウスとは何でもないから」
「は? アポロニウス?」
「へ?」
 何でそんな不思議そうに聞くんだろう?
 そんな噂が出るとしたら近所に誤解を振りまき、新聞記者までをも騙した薄の仕業で。
 そうだとしたら、相手はまず間違いなくアポロニウスのはずなのに?
「俺ぁシステルんとこの三男坊とって聞いたが?」
「そうかい? 私はハイスクールのクラスメイトって聞いたよ?」
「ボクは魔法協会の有望な魔導士って聞いた~」
 予想外の返答に、コスモスは思わず絶句する。
 それをどう勘違いしたのか。
「そうかー。そーゆーことかー?」
「なるほどね」
「必死になるはずだよねぇ」
 にやにやと笑い出す面々。
 気づいた時にはもう、遅い。
 先ほどの自分の言葉が、止めとなったことにようやく気づく。
 案の定、応援してるから~だの。
 おぢさんが見極めちゃろうだのといった言葉と共に、彼らは去っていく。
 カップを持ったまま、ふるふると震えるコスモス。
「いい加減諦めましょうよ公女」
 その肩が、ぽんと叩かれる。慰めるように。
「つい反発しちゃう公女の性格はよく存じておりますが」
「やっぱお前が首謀者かーっ」

038:金のために働け。

 鼻歌交じりに手を動かす。さらりさらりと文字をつづり、内容を写す。
 開かれているのは二冊の本。
 片方を一ページ写したら、もう片方を一ページ写す。
 インクが乾くまではどうしても生じる時間の隙間。
 こうやって埋めてしまえば効率もいい。
「え~と……何これ! 防御魔法の殆ど網羅してるじゃない!
 うわ~。こんなの読めるなんてラッキー」
 とはいえ貴重な本がたまにとはいえ読めるなら。
 この仕事、実は結構おいしい物だと思うけど。
 写本を作るのは面倒だし、規制は多いし。
 なにより、その手間故に進んでやろうという者も少ない。
 だからこその高賃金。
「コスモスちゃん。何故に君はまたここにいるの?」
「え?」
 三年前をほうふつとさせる状況。
 見た目は少年の支部長は不機嫌丸出しの声で問う。
「可愛い弟の試練を手伝ってあげようかな、と思いまして。
 この指令ならあたしも手伝えますし」
 何より、暮らしていくにはお金がいる。
 公務員たるシオンと違い、コスモスはいくらでも自由にバイトが……
 いや、多少の規制があるからこそ、ここでこうやってバイトをしている。
「楽しみにしててくださいね。
 一週間でどれだけ仕上げられるか、記録塗り替えますから。
 あ。早めに終わらせたらその分色つけてくださいね♪」
「嬉しいけどやめてえええええッ」
 絶対昨日の事根に持ってるッ
 三年ぶりにレンテンローズの絶叫がこだました。

039:料理に挑戦。

 指令を見て一言。
「じゃああたしが」
「「やめい」」
 挙手した楸を残る四人が押し留める。
 楸の料理下手は身にしみて分かっている面々である。
 どんな風に悪いかといえば……見た目は大変よろしい。香りもまあ、良い。
 問題は。
 彼女の料理は、見た目と味とが反比例するという事。
 全員に止められて、楸はむぅと考えて。
「じゃあ梅桃ちゃんが」
「そう?」
「「それも止めてえええええッ」」
 この状況で、梅桃が何も盛らないはずが無い。
 こういったことがすぐに分かってしまうのは……やはり嫌な事だと思う。

 結局、いつものごとくシオンが作ることになった。

040:所持品をチェックしなさい。

 その号令の元、まあでてくるわでてくるわ。
 周りの人間は感嘆の声を上げたり、呆れたり。
 そう大きくもないかばんに、一体どうやって入れていたのだろうという物の量。
「えっとね~。団員手帳でしょ。パスポートに、カード。
 連絡用の水晶球に携帯電話。薬草数種。忘れちゃいけない手錠に魔封石に紋章。
 非常食と地図、コンパス。ロープと懐中電灯にマッチ。
 タオルが数枚と制服とマント、ブーツ」
 ぶつぶつ言いつつ、楸はさらに荷物を机の上に重ねていく。
 『所持品検査をします。持ってきているものをすべて机の上に置きなさい。
 勉強に必要ないものはすべて没収します!』
 教師の言葉に応えての行動だが、そばにいる彼女はすでにめまいでも起こしたのか、額に手をやったまま。
「……これで全部かな。うん。
 せんせー終わりました」
 にこやかに言う楸に、教師は疲労の溜まった声で聞く。
「橘さん。あなた学校に何しに来ているの?」
 至極まっとうな問いに。
「授業中にいきなり任務入ることが多いんです。
 こないだなんて、いきなり三泊五日で出張ですよ?」
 答えはまっとうじゃないもの。
 いや、まっとうじゃないのは高校生に公務員やらせる上層部だろうか。
 これ以降、シオンたちは持ち物検査をされる事がなくなったという。

「100のお題 04:指令編」お題提供元:[Plastic Pola star] http://ex.sakura.ne.jp/~kingdom/